Night Talker

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839 リアクション

アメリカで研究するようになって最も驚いたことの一つは、日本では考えられないほど生産性の高い研究者が存在することだ。


たとえば僕がローテーションして、最後までそこでdissertation work(博士論文のための研究、活動)をすることにするか迷っていたあるラボ。そこはポスドク、テクニシャンを含めて(註:undergraduate=学部生は殆どアメリカの研究室には居ない)たった5人でやっているにもかかわらず、毎年5-6本ぐらいはペーパーを出し、ほぼ全て一流紙。多いときは年に2本ネイチャーに出し,一本は表紙になったりしていた(#)。

しかも良く日本では見かける深夜も土日も働いて、朝はどちらかというと崩れ気味、みたいな重労働系の生活ではなく、普通に朝来て、「うーん今日は狂ったように仕事をしたな」とかいって七時半ぐらいに帰る。遅くても9時ぐらいかな。週末は飼っている細胞にえさをやりに来たり、続き上必要なミニマムなしごとをするぐらい。


日本でこのようなラボは僕が知りうる限り見たことも聞いたこともない。良くある話は、教授がいわゆる実力者で、ERATOかなんかの大きなファンドをとってきて、数十人規模の巨大なラボで腕力系の仕事をして、とにかく年に一本でもいいからNature/Science/Cell/Neuronあたりの本当のトップジャーナルに流し込む、という話。こういうラボは、アメリカにもいわゆる大御所系のところで、なくはないけれど、むしろ注目を集めているラボはこじんまりとしていて、こうやって楽しみながらがんがんやっているところが多い。大体若くて、駆け上がるフェーズのPI(principal investigator: ラボのヘッドのこと)のラボだ。


この辺、いったい何がどう違うんだろう?と思って見てみると、これがもうびっくり。ほとんど僕が長い間つとめてきた経営コンサルティングファームで行われている仕事のやり方とほとんど同じなのだ。(なお、このファームはこの業界の最老舗の一つで、分析的な課題の整理の仕方、問題解決のアプローチなど、意識している、していないに関わらず、現在多くのコンサルティングファームや大会社の経営企画で行われている根源的な手法論のかなりの部分を生み出している。)



特徴的なところを挙げてみる。


1. まずイシューありき

自分の考える世界観があり、そのパースペクティブ、ビューポイントに基づいてこういうことが言えるはずだ、あるいはこういうことを言えば意味(インパクト)があるというメッセージがまずある。これはぶわっとした話ではなく、もう論文のタイトルと言って良いレベルで決まっている。

つまり何に白黒つけたら良いのか、自分は何にケリをつけるのか(=issue)、というのが非常に最初の段階でクリアにあるのだ。そしてこれが次に述べる通り、そのサブサポートのレベルでも続く。


ちなみにこの白黒を付けるという姿勢がどの程度あるか、どのようなことに白黒つけようとするのかで、経営課題の場合、problem solverとしての質はほぼ規定される。何となく面白そうだから、でやるような人が大きなことにケリをつける、とどめを刺す可能性は非常に低い。



2. 仮説ドリブン

次に驚くのは、このような研究の構想を思いついた段階で、そのトップラインのメッセージ(=仮論文タイトル)がどのようなサポートとなるメッセージがあると言えるのか、明確に腑分けされており、その一つ一つがどのようなデータによってサポートされるべきか、ものすごく明確にデザインされていることだ。決して開けてみないと分からないよね、みたいなバカなことは言わない。あえてスタンスをとる。


(ちなみに、これは「イシューアナリシス」と呼ばれるコンサルティング現場では秘宝のように鍵とされている方法論で、体系的にトレーニングをしても、実際には日々の実践で身につける以外の方法はない。基礎レベルであっても身に付くのはそれなりの時間がかかるし、その課題についてのセンスがあるほど、そして経験を積むほど、レベルが上がる。その書いてあるものを見ただけで、老練な人ならすぐにproblem solverとしての質が分かるぐらいの大切なものでもある。ちなみにこの辺りはコンサルティングをドロップアウトしたような人の本には説明しても分からないと思うためか、うまく説明できないと思っているせいか、あるいは極意すぎて書きたくないと思うせいか、ロジックツリー以上のことは殆ど書いてない。)


例えばこんな感じ、ある朝いつものようにラボにやってくると、Hey Kaz, I have an idea for a work, let’s have a chat、みたいな感じでやってくる。行くと紙をペラッと持っていて、一番上にタイトル(メインメッセージ)、その下は左がサブメッセージが五つぐらい並び、その右に一つ一つデータ、実験結果のイメージ、見せ方が絵コンテのように入っている。要は紙芝居的なストーリーラインになっている。その一つ一つが大体非常に手堅い手法によって、どの程度のワークロードが発生するのか、誰にどう聞くとすぐに立ち上がるのか(註:同じラボの人とは限らない)が見えている。

また個々のサブ論点(sub-issue)でも、何がどういえるかどうかが勝負、という本当の見極めどころがものすごくクリアにある。



3. アウトプットドリブン

で、これに基づいてある種、その五つなら五つのパズルを埋めるように研究を進めていく。当然、この論理が崩れると、根底から見直しが必要という、issueの流れでいくと上流にある、かなり根源的な課題から取り組んでいく。


これは、こうやって聞くと当然のことのように思えるかもしれないが、殆どの問題解決者が出来ていない非常に重要なポイントだ。問題解決は常にここが崩れると話が崩壊するようなところから行わないといけない。例えば、恋人が出来ない人の問題解決であれば、会う人の数が足りていないのか、会ってからの成就の確率が低すぎるのか、がクリアにならなければ、問題解決は運頼みになってしまう。:)要は課題解決の論理のツリーがどこから始まると考えるべきか、ということでもある。


そして、アウトプットが出て論理に影響が出そうであれば、それに合わせて全体のストーリーライン、トップラインのメッセージを見直していく。したがって、当初の仮説の視点から見ると失敗しているのに、トップジャーナルに載ってしまうなんて言うことがいくらでもある。これはものすごいことだ。


また一つ一つのハコというか、サブ論点が、考えていた方法でらちがあきそうになかったら、すぐにその方法は捨てる。見極めは最大でも1-2週間程度。どんな方法でも良いから、その論点がサポートできれば良い。非常にプラクティカルだ。、、、ここもプロのコンサルタントの問題解決現場と同じ。いかなる手法を使ってもよいから論点にケリを最速でつけていく。



4. メッセージドリブン

こういう形で進めてきているので当然だが、テキストは非常に歯切れが良く、力強い。なぜそれが大切なのか、何をするために何をやったのか、その意味合いは何なのか、ここから入る。従って、投稿の通りも良く、掲載される確率も高い。


単に実験や研究結果からこれを実践するのがどれほど難しいかは、上の真逆なアプローチで何かやったことがある人であれば切実に分かるだろう。結果、テキストライティングのスキルは母国語だからということではなくて、非常に高い。曖昧さのかけらもない文章を織り込んでいく。


ピラミッドストラクチャー」という僕が仕事を始めた頃には、私のいたファームでしか使われていなかった言葉(ジャーゴン)が広まって久しいのでこれを読まれている人にも聞いたことがあるかもしれないが、これは正しくは、表現方法というより、上のような課題整理の方法論として捉える方がむしろ正しい。解決してしまったものは、実際にはその聞く人に合わせて、柔軟に表現した方が実際には伝わる度合いは高まる。


——-

ちょっと長くなってしまったけれど、大体こんな感じ。ちょっと本でも書くことになったら書こうと思っていたことをアウトラインだけですがこんなところで書いてしまいました。: )


Hope it was of help!


——

# 当時Assistant ProfessorだったそのPIのラボは、現在、世界的に有名になり、ファンドも集まり結構なサイズになっている。PIもかなり偉いポジションを持っている。、、、アメリカではfull professorにも格があるので。

圧倒的に生産性の高い人(サイエンティスト)の研究スタイル - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing (via keit4min)

(元記事: c610 (yunhから))

130 リアクション

一番のおススメは失敗談です。
 エコ商品でこんなの買ったけど後悔してる、とか。人は他人の失敗談が大好きです。
 逆に言えば、どんな話題にも自分の失敗談が話せるぐらい失敗の多い人なら、その人はとてつもなく魅力的、ということになります。
あなたを天才にするスマートノート・電子版プラス / 岡田斗司夫 FREEex (via ebook-q)

(imenumaから)

303 リアクション

国の金で外国に留学に行くと、国に戻ってきて国家のために働く、という約束をしなければならないが、そういう約束で出かけても、たとえば合衆国の大学が「違約金」に当たるものを本人に代わって支払うことによって日本に戻ってこない、というのはよくある。
大学院を卒業して日本の会社と合衆国の会社の両方からオファーがあると、一も二もなく合衆国のほうを選ぶ。
こういう友人達は「日本では自分がやろうと思っていることをやらせて貰えないから」というのが理由です。
言葉を変えると、「年寄りが権力を握っていて、その年寄りがバカだから」と翻訳される。
話していて、例として多かったのはT芝ならT芝に呼ばれてゆくと「きみたちのような特別に優秀な人間は会社のほうでも考慮して4、5年で責任ある部署で自分の宰領で事業を取り仕切られるようにしますから」とゆわれる。
一方で、タダファーストクラス航空券が送られてきて「うちの会社を見においでよ」よゆわれて出かけたシリコンバレーの会社では「はいったら直ぐ、○○の事 業をXX予算でやってね」とゆわれるので、T芝の担当者は気が付かなくても、聴いているほうは比較の問題として「T芝に行ってもしょーがないよね」と思 う。
あとはシリコンバレーに行くと九段下の行きつけのラーメン屋に行けなくなる、とか、合衆国に行ってしまうとガメから直々に教わったチンポコ潜水艦が温泉で やれなくなってしまうではないか、とかいろいろ考えて煩悶するが、結局は仕事上のやりたいことがやれるということを優先してシリコンバレーに行ってしまう もののよーである。
ラナウェイズ « ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日 (via yuria)

(元記事: ginzuna (lltotllから))

839 リアクション

アメリカで研究するようになって最も驚いたことの一つは、日本では考えられないほど生産性の高い研究者が存在することだ。


たとえば僕がローテーションして、最後までそこでdissertation work(博士論文のための研究、活動)をすることにするか迷っていたあるラボ。そこはポスドク、テクニシャンを含めて(註:undergraduate=学部生は殆どアメリカの研究室には居ない)たった5人でやっているにもかかわらず、毎年5-6本ぐらいはペーパーを出し、ほぼ全て一流紙。多いときは年に2本ネイチャーに出し,一本は表紙になったりしていた(#)。

しかも良く日本では見かける深夜も土日も働いて、朝はどちらかというと崩れ気味、みたいな重労働系の生活ではなく、普通に朝来て、「うーん今日は狂ったように仕事をしたな」とかいって七時半ぐらいに帰る。遅くても9時ぐらいかな。週末は飼っている細胞にえさをやりに来たり、続き上必要なミニマムなしごとをするぐらい。


日本でこのようなラボは僕が知りうる限り見たことも聞いたこともない。良くある話は、教授がいわゆる実力者で、ERATOかなんかの大きなファンドをとってきて、数十人規模の巨大なラボで腕力系の仕事をして、とにかく年に一本でもいいからNature/Science/Cell/Neuronあたりの本当のトップジャーナルに流し込む、という話。こういうラボは、アメリカにもいわゆる大御所系のところで、なくはないけれど、むしろ注目を集めているラボはこじんまりとしていて、こうやって楽しみながらがんがんやっているところが多い。大体若くて、駆け上がるフェーズのPI(principal investigator: ラボのヘッドのこと)のラボだ。


この辺、いったい何がどう違うんだろう?と思って見てみると、これがもうびっくり。ほとんど僕が長い間つとめてきた経営コンサルティングファームで行われている仕事のやり方とほとんど同じなのだ。(なお、このファームはこの業界の最老舗の一つで、分析的な課題の整理の仕方、問題解決のアプローチなど、意識している、していないに関わらず、現在多くのコンサルティングファームや大会社の経営企画で行われている根源的な手法論のかなりの部分を生み出している。)



特徴的なところを挙げてみる。


1. まずイシューありき

自分の考える世界観があり、そのパースペクティブ、ビューポイントに基づいてこういうことが言えるはずだ、あるいはこういうことを言えば意味(インパクト)があるというメッセージがまずある。これはぶわっとした話ではなく、もう論文のタイトルと言って良いレベルで決まっている。

つまり何に白黒つけたら良いのか、自分は何にケリをつけるのか(=issue)、というのが非常に最初の段階でクリアにあるのだ。そしてこれが次に述べる通り、そのサブサポートのレベルでも続く。


ちなみにこの白黒を付けるという姿勢がどの程度あるか、どのようなことに白黒つけようとするのかで、経営課題の場合、problem solverとしての質はほぼ規定される。何となく面白そうだから、でやるような人が大きなことにケリをつける、とどめを刺す可能性は非常に低い。



2. 仮説ドリブン

次に驚くのは、このような研究の構想を思いついた段階で、そのトップラインのメッセージ(=仮論文タイトル)がどのようなサポートとなるメッセージがあると言えるのか、明確に腑分けされており、その一つ一つがどのようなデータによってサポートされるべきか、ものすごく明確にデザインされていることだ。決して開けてみないと分からないよね、みたいなバカなことは言わない。あえてスタンスをとる。


(ちなみに、これは「イシューアナリシス」と呼ばれるコンサルティング現場では秘宝のように鍵とされている方法論で、体系的にトレーニングをしても、実際には日々の実践で身につける以外の方法はない。基礎レベルであっても身に付くのはそれなりの時間がかかるし、その課題についてのセンスがあるほど、そして経験を積むほど、レベルが上がる。その書いてあるものを見ただけで、老練な人ならすぐにproblem solverとしての質が分かるぐらいの大切なものでもある。ちなみにこの辺りはコンサルティングをドロップアウトしたような人の本には説明しても分からないと思うためか、うまく説明できないと思っているせいか、あるいは極意すぎて書きたくないと思うせいか、ロジックツリー以上のことは殆ど書いてない。)


例えばこんな感じ、ある朝いつものようにラボにやってくると、Hey Kaz, I have an idea for a work, let’s have a chat、みたいな感じでやってくる。行くと紙をペラッと持っていて、一番上にタイトル(メインメッセージ)、その下は左がサブメッセージが五つぐらい並び、その右に一つ一つデータ、実験結果のイメージ、見せ方が絵コンテのように入っている。要は紙芝居的なストーリーラインになっている。その一つ一つが大体非常に手堅い手法によって、どの程度のワークロードが発生するのか、誰にどう聞くとすぐに立ち上がるのか(註:同じラボの人とは限らない)が見えている。

また個々のサブ論点(sub-issue)でも、何がどういえるかどうかが勝負、という本当の見極めどころがものすごくクリアにある。



3. アウトプットドリブン

で、これに基づいてある種、その五つなら五つのパズルを埋めるように研究を進めていく。当然、この論理が崩れると、根底から見直しが必要という、issueの流れでいくと上流にある、かなり根源的な課題から取り組んでいく。


これは、こうやって聞くと当然のことのように思えるかもしれないが、殆どの問題解決者が出来ていない非常に重要なポイントだ。問題解決は常にここが崩れると話が崩壊するようなところから行わないといけない。例えば、恋人が出来ない人の問題解決であれば、会う人の数が足りていないのか、会ってからの成就の確率が低すぎるのか、がクリアにならなければ、問題解決は運頼みになってしまう。:)要は課題解決の論理のツリーがどこから始まると考えるべきか、ということでもある。


そして、アウトプットが出て論理に影響が出そうであれば、それに合わせて全体のストーリーライン、トップラインのメッセージを見直していく。したがって、当初の仮説の視点から見ると失敗しているのに、トップジャーナルに載ってしまうなんて言うことがいくらでもある。これはものすごいことだ。


また一つ一つのハコというか、サブ論点が、考えていた方法でらちがあきそうになかったら、すぐにその方法は捨てる。見極めは最大でも1-2週間程度。どんな方法でも良いから、その論点がサポートできれば良い。非常にプラクティカルだ。、、、ここもプロのコンサルタントの問題解決現場と同じ。いかなる手法を使ってもよいから論点にケリを最速でつけていく。



4. メッセージドリブン

こういう形で進めてきているので当然だが、テキストは非常に歯切れが良く、力強い。なぜそれが大切なのか、何をするために何をやったのか、その意味合いは何なのか、ここから入る。従って、投稿の通りも良く、掲載される確率も高い。


単に実験や研究結果からこれを実践するのがどれほど難しいかは、上の真逆なアプローチで何かやったことがある人であれば切実に分かるだろう。結果、テキストライティングのスキルは母国語だからということではなくて、非常に高い。曖昧さのかけらもない文章を織り込んでいく。


ピラミッドストラクチャー」という僕が仕事を始めた頃には、私のいたファームでしか使われていなかった言葉(ジャーゴン)が広まって久しいのでこれを読まれている人にも聞いたことがあるかもしれないが、これは正しくは、表現方法というより、上のような課題整理の方法論として捉える方がむしろ正しい。解決してしまったものは、実際にはその聞く人に合わせて、柔軟に表現した方が実際には伝わる度合いは高まる。


——-

ちょっと長くなってしまったけれど、大体こんな感じ。ちょっと本でも書くことになったら書こうと思っていたことをアウトラインだけですがこんなところで書いてしまいました。: )


Hope it was of help!


——

# 当時Assistant ProfessorだったそのPIのラボは、現在、世界的に有名になり、ファンドも集まり結構なサイズになっている。PIもかなり偉いポジションを持っている。、、、アメリカではfull professorにも格があるので。

圧倒的に生産性の高い人(サイエンティスト)の研究スタイル - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing (via keit4min)

(元記事: c610 (yunhから))

リアクション

私の知り合いで、家の事は全部お手伝いさんに任せている人がいます。生家がお金持ちだからです。住んでいるマンションもきれいなところです。
 仕事をする必要も無いので、やりたい事をやりたい時にやっています。時々ベンチャーに投資したりしているみたいですが、そこは詳しくはしりません。まあ、少なくともお金に関する事は心配してはいません。
  

 稀に他人から解放されている人もいますが、多くの人は他人と自分の境遇を見比べます。先の様な話を聞く時に、平静を装いながら私たちは心の底になんだかずるいという嫉妬の様なものと、それから自分との境遇を見比べて不公平感が湧いてくる時があります。

 そして、そらにその中から、それは結局他人の話だからとすぐ流れて行く人と、自分の中に何か流せないものが溜まっていくタイプにわかれていき、この後者のタイプの中に、さらに絡み始める人がいます。

 こういうタイプの人はだいたい正義を持ち出します。努力しないで成功するなんて良くない事だ。裕福ならもっと世の中に還元すべきだ。しかし、彼らにそれを強制する権利は、国にももちろん個人にも、彼らの親ですらできません。

 私たちは時に所謂成功者を見て『みんな必ず努力している』と言いますが、その実のところは『成功者には努力していてほしい』の裏返しである事が真相でしょう。成功にはそれに見合うだけの犠牲が無いと人は不公平に思ってしまうのです。

 アスリートも似た様な環境にいます。苦しいあの時を乗り越えたから今がありますというと受け入れられるのですが、努力してない、もしくはしてない様に見える人は世の中から反感を買います。大体嫌われるアスリートはこのタイプです。そして、そのアスリートがぽろっと弱音を吐くと、あいつも苦しかったんだなあと、急に人は共感し始めたりするわけです。

 努力があるから成果がある。努力していなくて成功するなんてありえないし、あってはならない事だと私たちは習ってきました。
 深い世界の成功の定義ではそうなのでしょうけど、残念ながら現世の『いわゆる成功』ではそうではありません。努力をせずにオリンピアンになった人もいますし、生まれながらに庭から石油が出てた人もいます。楽しいだけの人生も、早くして人生を終えるべくして運命づけられた人生もあります。犠牲と成果は釣り合わないのです。

 あるべき世界と現実の世界。この狭間で私たちは言いようの無い不公平感に襲われます。頑張ってもどうにもならない事があり、生まれながらに決まっている事があり、自分よりもずっといい思いをして生きているように見える人が世の中にはいるわけです。

 不公平だ。その感情がだんだんと、何か自分にとって許せないものを排除したい様な、社会の秩序の為に取り除きたい様な、一見正義とも思える感情にすり替わっていきます。しかし、姿形は変わってもその根源は嫉妬です。ですが、そこに囚われた人にはそれが嫉妬であるのかどうかすらもはやわからなくなってしまっていきます。

 
 世の中が間違えているんではなくて、犠牲と成果がバランスする、全てがフェアネスだという認識自体を疑わなければなりません。理不尽で当然、が世の常でしょう。情け容赦ない世の中を、それでもなんとかフェアネスに近づけようとしている、それが人間社会なのではないでしょうか。
 そして、一生懸命正義の様なものをぶつけようと相手に対して目が離せなくなっているその時間は、あなたの限られた人生の貴重な時間なのです。

 もちろん本当に正義に燃える時もあるでしょう。しかし、正義というのは空間と時間を限ってこそ存在できるものです。人生を賭けるべき正義は内省に内省を尽くさないと見つけられません。

 あれは許せない、正しくないと思ったとき、本当にそれは違う感情から来てやしないか。また、それは自分の貴重な人生の時間を費やすに値するか。そういう問いが一度ぐらいあってもいいかもしれません。人生は人に気を取られていられるほど長くはありませんから。

@nifty:為末大オフィシャルサイト「侍ハードラー」:嫉妬からくる正義 (via kml)

(yunhから)

2,549 リアクション

開高健の言葉を思い出す。


「一旦知ってしまえば、知らなかった時には戻れない。
本にせよ、スーツにせよ、シガーにせよ、酒にせよ、
別に知らなくても生きてはいける。
でも知ってしまえば、それなしの人生など耐え難くなる。
つまり知識や経験は人生に悲しみも もたらす。
より多くを、より良きものを、よりスリリングなことを
知ってしまったがために、当たり前の日常に感動できなくなる。
それでも、知らない平穏よりも知る悲しみのある人生の方が高級だ。」

STYLE from TOKYO | street fashion based in japan: on the street, Harajuku (via misoka)

(yunhから)

260 リアクション

安倍首相には「子ね」と言ってもいい、というアホの纏めを見て思い出したのだが、これまた予備校時代の元活動家崩れ講師が言っていた名言「権力者にアンチの姿勢を見せる事そのものが、自覚なく権力に畏怖しており従順な協力者でもある」を思い出しだ
Twitter / spa_inquisition (via toronei)

(ikalgaから)

2,292 リアクション

友達を作るには恥を共有することが必要だ。

だから恥をかきたくない大人は知り合い止まりだし、
タンブリスタに友情にも似た親近感を覚えるのだ。

(via petapeta)

(ibi-sから)

427 リアクション

二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと
気付いているほうがいい
完璧をめざなないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったりゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で風にふかれながら
生きているなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい
祝婚歌  吉野 弘 (via mayoneco)

(ibi-sから)